夏の暑い日のことだった。 木々の葉の間から零れる陽差しが目を眩ませる。 先程から何度も電話をかけているのだが繋がらない。 もう出かけてしまったのかもしれない。 レシーバーを置く。 車は林の中の道へと進んだ。 うねうねと続く道の先、左手に視界が開け別荘が立ち並ぶ。 共用のテニスコートには夏の友人らが集まっており、こちらを見上げていた。 林の隣、ちょっとした崖の下にあるコートは風の影響を受けない。 車を下りると林の一本の木の上に彼女が腰掛けているのを見つけた。 目が合いゆうわりと微笑む彼女。 彼女に再び会えたことを感謝しつつコートへ下りる。 友人らと再会を喜び抱き合うと早速ゲームをすることになった。 サーブ。 陽が高い。 腕を思いっきり上げ身体全体のばねを使って振り下ろす。 ボールとラケットが出会い、快哉を叫ぶ。 コートと出会い、また一叫び。 球の道筋が懐かしく、ラリーは暫く続いた。 わき目もふらず打ちつづけ、腕が怠くなってきたところで 互いをたたえまた抱き合った。 僕は背中の方に突然の不安を感じ走り出した。 あの日、僕は叔母のコリー犬と散歩をしていた。 と、強くリードが引っ張られ、林の奥へと走っていく。 するとそこに彼女がいた。 腕を投げ出し横になっていた。 コリーがこちらに向かって珍しく吠える。 コリーは彼女の頬をぺろぺろと舐めた。 そこに涙の一筋があった。 ふっさりとしたまつげが涙で重そうだ。 その重たそうなまぶたを彼女が開けた。 よく見れば彼女の右手にはペーパーナイフが握られており、 左の手首からは赤いものが地面へ流れていた。 彼女は自分を責めていた。 何よりも自分を責めていた。 何ごとも自分を責めていた。 誰に起こるでもなく彼女自身に憤り、 怒りは外へ向けず全て内側へ向かっていた。 強く激しい力で内へ向かっていた。 憤りは発作的に彼女の身体を襲い、 不安と恐怖は胸の中に居座り続け、 緊張が全身に糸を張り巡らせた。 彼女はその糸を切りたい。 胸の中に居座るものを差し出したい。 僕らは毎日会うようになり、それによって彼女の糸はほどけ、 胸の重みは軽くなり、彼女に安寧が訪れたことを僕らは知っていた。 代わりに僕らの間には心地よい空気があり、優しい風の動きがあり、 ある糸と言えば指と指の間の一本の美しい赤い糸であることを僕らは知っていた。 来年の夏またここで会うことを僕らは約束し、笑顔で手を振り別れた。 別れ際、彼女の豊かなまつげの端に浮かんだ美しい一滴を 僕がこの手で拭ったことを指ははっきりと覚えている。 今、前後覚えず木を登り彼女の元へ。 木の幹に寄りかかった彼女の身体は腕に抱くと軽く、 すぐ上の枝にかかった白い太いロープが恨めしかった。 どうして、どうしてここに糸があるんだ。 彼女の美しい首筋に。 最後の新たな赤い一本を除き、もう糸は残っていないはずではなかったか。 この、この一本が恨めしかった。 この一本を切って欲しかった。 彼女には、まだかまたか、大きな力を持った糸が巻きついていたのだ。 彼女のお気に入りの白いフレアスカートのポケットに あのペーパーナイフを僕は見つけた。 悔やしかった。 僕の胸に大きな黒い塊がどっしりと構えていることに僕は気がついた。 彼女の隣に腰掛け、そのナイフをもった腕を思い切り上げ 上半身の反動を利用しふりおろす。 ロープをざくっと切った。 僕の右腕に彼女の重みが移る。 僕はその重みを抱きしめると 左手のナイフで僕の胸に居座るものを ぐっと突き刺した。 胸とナイフが出会い快哉の声を上げた。 |