○SSの引き出し

・バス道


とぼとぼと歩いていく足のすぐそばを
とことこと良いテンポで猫が追い抜いていった。

茶色と黒と白の三毛で
おばあちゃん家の隣の駐車場でよく見かけたのに似ている。

堤防の上を杖をついて散歩する老人も
家路を駆けていくランドセルの小学生も
もう辺りには見当たらない。

はぁあ。

こんなことになるのなら
のこのこ公園になんて行くんじゃなかった。

足元の砂利に
ちょっと標準サイズ外の小石を見つけて蹴飛ばす。

今日のお昼は暖かくってよく晴れていて
これは自主休講日和だな、なんて思っていたら
先生の体調が悪いとかで突然、休講って言われて
そういえば昨日はすっごく寒かったなんて思いながら
ふらふらとバス停に向かい
来たバスに行き先も確かめず乗り込んだのだ。

それはそれはとても幸せな午後の予感だったし
ハッピーでラッキーで金曜だしスペシャルなんだって
がたごとバスの中揺られながらほんやりしてた。

なのになのに
それはお天気雨が降るようなもので
実は低気圧と高気圧はちょっとずつ接近していて
たまたまぶつかってしまって遭遇してしまったというか。

そのバスの中でおばあさんにもらった氷砂糖を
1つ口に放り込む。

どこをどう経由するのか分からないながらも
バスに乗っていると
見たことのある景色を発見して降りてみた。

そしたらそしたら
ぼーっとするのにうってつけのベンチに
あいつが横たわってたんだな。

何してんの。

ん。あ。昼寝。

それはそれはもう
お昼にそこでそいつが寝てるのは
不思議でもなんでもないし
まったく自然なことであって
むしろ私がここに来てるほうがまあ
珍しいっていうか何ていうか
そこそこになかなかに貴重なわけで
これはこれはますますミラクルを感じつつ
ベンチの裏へ回った。

そんな幸せと喜びと奇跡いっぱいの
特別なはずの金曜の午後が
どうしてこんなことになってしまったのか。

そりゃ田舎から出てきてたとは聞いてたけど
浪人したとも聞いてたけど
留年もついでにしそうだとも聞いてたけどしなかったし
それはそれでおめでたかったし
えっとそういうことじゃなくって
私が知らなかった聞いてなかった思いもよらなかったことは
卒業後、実家に帰るっていうのはうすうす分かってて
でもそのまえに一度お見合いしちゃうとか
それが実は小さい時に一度だけ会ってて
ひそかに可愛いななんて思ってた人とだなんて
私には知る由もないことで
本当に本当にむべなるかななのだ。

はぁあぁあ。やんなっちゃう。

マルチトラックというか混線気味の頭は
昨日の先輩のことを思い出させる。

在学時からよく遊びに連れて行ってもらってたし
社会人になってからもたまに誘ってもらってたし
昨日もおんなじノリで出かけたら
それはなんと告白より先のプロポーズだった、みたいな?
なんて今朝、友達に話した時のことを思い出す。

えーそれはないよー、んでどうしたの?
OKしちゃったわけ?
んなわけないじゃん丁重にお断りしたよー
なんて言っている場合か。

もう、ばかばかばか。やってらんない。

そんなことを思い返していると
歩調はだんだん
どんどん、という音に変わってくる。

今度は堤防沿いの道をバスが走り抜けていく。

バスかぁ。そんなもんかも。

一緒にバス停で待ってたはずなのに
バスに先に乗っていっちゃったとか。

突然バスに乗るように言われても
行き先も経路もよくわからないとか。

乗り遅れて後ろから眺めると
行き先も経路も書いてあるんだよね。

そうかそうか、お客さんだったのか私。

バスの運転手になりたいな。なれるかな。

私も一回家に帰ろっかな。

んでお見合いじゃなくて
大型の免許取得を目指すのだ。

それにはまず帰らなくっちゃ。

って、乗るバスはあれじゃん!急がなくっちゃ!

ばたばたと走って近づいてくる人間に気づき
三毛猫は堤防から川側に坂を下りた。

自分で蹴った小石につまづきそうになりながらも
堤防から道路側に走り降りる。

あのバスに乗れますように!






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