○SSの引き出し

・砂利道


世の中には,星の数ほどの男がいる。

足元には,頭上に見える星の数よりも多くの砂利。砂利。砂利道。

人生が,道のようであるとするなら,
人生には,たくさんの男がいるのだろう。

ただ,今,自分が欲しているのは,砂利なんかに喩えられるような男ではない。
そんな男じゃ,なかった。


いろんな星が見てみたかっただけ。望遠鏡をあちらにもこちらにも向けて,
全ての星を見て見たかっただけ。青い鳥じゃないけど,この今いる星なんて,
近すぎて,望遠鏡じゃ見えなかった。


なんだって,私がこんな夜更けに,神社の境内を,ひとり歩き回る羽目に
なっているんだろう。前だったら,こんな時,迎えに来てくれた奴がいたのに。

そう,奴がいたのに。


どんな男と付き合ったって,あいつは当たり前のように,いた。

帰ったら,いた。戻ったら,いた。帰らないと,戻らないと,迎えに来た。


「今度はどんな男に振られたのかなーロリっ娘になったお嬢さん?」
「……黙れ。うるさい。」
ロリっ娘は,革ジャンなんか羽織られてやらないんだ。かぶせられたけど。


「はいはい,サーファーには飽きましたかー?」
「あんな奴もう知らない!ありえない!許せない!私を何だと思ってるのよ!」
スポーツカーじゃない,名も知れないような車になんて,乗らないつもりだった。
でかいバイクでも無いなんて。なんで,あんなちっちゃなレンタカーで来たのよ。


「ほんとなんで帰りも送らないような奴らと合コンなんかするわけ?」
「あんたなんかじゃぜっったい入れないような大企業合コンだったのっ」
だからそんなわけわかんないかっこで迎えになんか来るなっ。


「こんな趣味あったっけ?」
「合わせていけばいいと思ったんだもん。仕方ないでしょ…」
どうせ私にはそんな高尚な趣味はわかりませんでしたことよ。ふん。
良家って,何が"良"家よ,お高くとまった,やな奴ばっかじゃん。


「でもさぁ,ちょっとは合ったからさぁ,付き合ったわけでしょ」
「当たり前よ」
「でさぁ,ちょっと,ってか,だいぶ,すれ違ったからさぁ,振られたわけでしょ」
「今回は振ったの!」
「あ,そう。まぁまぁ怒んないで」
「………」
「でさぁ,やっぱ付き合い続けるカップルって,少ないわけだ」
「………」
「どっかで,別れちゃうんだなぁ」
「………私だって,努力しなかったわけじゃないもん。」
「うんー」
「ずれた気がしてるの,分かってたよ!だから努力したよ!でも,無理だったんじゃん」
「うんー」
「どんどんずれてって,どんどん合わなくなって,私,なんで駄目なんだろうって」
「んー」
「なんで,私,こんな苦しくならなくちゃいけないのって,
 こんなに苦しいぐらいなのに,どうして上手く行かないのって」
「途中で口挟んで悪いけど,それやめたら?」
「…は?」
「やっぱさ,人間さ,適応能力ってもんがあるからさ,ある程度,一緒にいりゃ,
 ま,お互いに合ってきたりするもんなんだよ
 それがずれることだって,あるって
 仕方,ないんだって
 ずーっと一緒に合わせていけばさ,そりゃ合うかもしれないけどさ,
 でも,そやって二人を合わせて行ったってさ,今度は,周りと合わないじゃん
 ま,もともと矛盾してんだけどさ
 だから,うまく行く時は,うまく行くんだって
 で,行かない時は,誰かが悪いんじゃなくて,仕方ない
 合わないもんは,合わないんだって
 でも,合った時がそんなにたくさんあるって,すごいよ
 結構,人間として,やるほうなんだと思うけど?」
「…もう,いいよ
 別に慰めてほしくて言ったわけじゃないし」
「うん,そうなんだろうけどさ
 たださ,言っておきたかったからさ
 俺さ,ずっと結構近くにさ,いてるじゃん?
 俺らって,合ってない?」
「………そんなの,分かんないよ」


分かる。今なら分かる。もう分かりすぎるぐらいに分かる。
合ってた。すごい合ってた。他の誰とも合わなくて当たり前だった。
あんたと一緒じゃないと合わないんだって,分かったってば。


髪を切って店から出てきて,通りの向こうに,綺麗な長い黒髪をさらさらとなびかせた
女とあんたが,何か笑いながら話して,歩いていくとこを見て,
じぶんに生まれた気持ちが,どんなものだか,気づいてしまったから,分かった。


この公園での夜は,何だったんだろう。首の真ん中で切り揃えた髪が,恨めしい。
そよそよと吹く風に,首をさわさわと撫でる切りたての髪がうっとおしい。
夜の神社には,誰もいない。
だだっぴろい公園。暗い,鳥居。白い,砂利道。こよりの置かれた,石柱。



この道を,何回往復して祈ったら,また彼とあえますか。

はだしの裏に,小さな砂利がまとわりつく。






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