きらきら輝く遠く白い遥かな記憶。 ………おりひめとひこぼしはうさぎさんなのかな? かなぁ? うさぎさんだったら、あまのがわ、わたれないもんね。 そうだね。……… いつの頃だったのだろう。 随分幼い時だったのは確かだ。 天の川は流れも緩く、浅い川。 けれど二人は語らうこともできずに、ただ黙々と働くのだ。 ワープロの上に手を載せたまま僕はそんなことを考えていた。 書きかけの原稿をそのままに。 さぁーっ。カーテンが風に揺られて前後に動く。 まとめていた髪をほどいてみる。 ふぁさっ。柔らかな風が心地よい。 手元にはやりかけの宿題。 頬杖を付いてじっと風を感じる。 日めくりのカレンダーがぱらぱらっとめくれる。 もうすぐ七夕かぁ。 竹を取りに行きたいなぁ。胡瓜の馬に、茄子の牛。 お素麺を茹でて、短冊に願いを込める。 …あの時のように。。。 やってもやっても終わらない受験勉強。 身にかぶさってくるようだった。 うさぎくんとうさぎさん。 うさぎくんのお仕事は、お父さんのお手伝い。 うさぎさんのお仕事は、お母さんのお手伝い。 うさぎくんはお勉強する。 立派な偉い人になれるように。毎日毎日お勉強する。 うさぎさんはお勉強する。 優しい賢い人になれるように。毎日毎日お勉強する。 うさぎくんは本を読む。 難しい本。難しい詩。難しい法。大人の男になるために。 うさぎさんは布を織る。 難しい模様。細かい糸。ややこしい針。素敵な女性になるために。 うさぎくんとうさぎさんは野原で会った。 はじめましての挨拶も、お家で習った通りにできた。 それから二人はお話しをして、さようならと帰っていく。 そして、また、今度は小川のほとりに行って、 二人でお話し。楽しい時間。 とってもとっても楽しかったのに、 ある時うさぎくんとうさぎさんのお父さんとお母さんは言った。 もう遊びに行ってはなりません。 うさぎくんもうさぎさんもとってもとっても悲しくなった。 うさぎくんはお父さんについてお仕事に行く途中、 うさぎさんの家の前を通りかかるたびにそっと目をやるんだ。 うさぎさんはいつも車の通る音がするたびそっと目をあげる。 お話しはできなくても、いつも目を合わせていたんだ。 ある夜、うさぎくんとうさぎさんは川のほとりで会った。 うさぎくんとうさぎさんのお父さんとお母さんのお許しが出たんだ。 大人の男と素敵な女性。二人は川を越えて行きました。 僕は打ち終えた原稿を印刷し、まとめた。 幼い日の約束が記憶の底からわきあがってきた。 僕は子機に手を伸ばし、指が覚えていることに少し驚きながら、 番号を押した。 ………ぼく、おはなしをかく。 すごい!さっかさんになるのね。 いちばんにみせてあげるよ。 ほんと?うれしいなぁv……… 幼稚園の時?小学校だったかな? 髪をまとめなおしながら考える。 あれは七夕の日のことだった。 といってもどの七夕の日だったかはよくわからない。 なぜなら、毎年私達は一緒に七夕を過ごしていたから。 その七夕の日、彼はさっかさんになれますように、と書き、 私は、たのしいおはなしがよめますように、と書いた。 …電話が鳴る。ちょっとその音に驚いた。 みんな勉強に集中するため、といって 電話はなし、の誓いを立てたのだ。 ボタンを押す。 「はい、もしもし。○○ですけど。」 『あ、△△ですけど〇〇さん…ですか?』 「うん、ひさしぶり。」『ごめん、勉強中に。』 「ううん、いいの、いいの。休憩中。」 『…あのさ、ずっと前の七夕の約束って覚えてる?』 「そうだ!今日、家に来ない?お母さんに七夕またやりたいって言ったの。」 『あぁ。もちろん行くよ。短冊用に紙、持っていこうか?』 「うん、お願い。」 『じゃあ、また後で。』 「うん、ばいばい。」『ばいばい。』 二人でどこかの花火を見ながら話をする。ひさしぶりのことだ。 あれが何年前のことだったかは、僕の母さんの台詞で謎が解けた。 「まぁ、あの七夕ね。7年ぶりねぇ。よしっ、私はこのお素麺を持っていくわ。」 彼女が今、僕の原稿を読み終えた。 『どうだった?』 「可愛かった」 『そっか』 「これを向こうの人に見ていただくんだよね」 『そう、まぁ大体の話は前に伝えておいたから、手直しが入って出ることになるんだ』 「じゃあ、今年の短冊は”ありがとうございました”って書かなくちゃね」 『いや、”これからもよろしくおねがいします”も付け足そうよ』 「うっわぁ、抜け目な〜い」 『今年のお願いは?』 「う〜ん、私は去年のお願いがまだ叶ってないからなぁ」 『ん?何それ?』 「ひみつ〜」 『なんだよそれ〜』 「じゃあ、あなたのはどうなの?」 あれは七年前のこと。そんなに前でもなかったみたい。 たった今、七年前と去年のと願いが叶った私達は、 堤防沿いを帰っていく。七年前のあの日のように。 |