ある朝、目覚めると、僕の目の前に 見たことのない…こともないんだけれど、 なじみの顔ではない…こともないんだけれど、 ペンギンの顔があった。 じっと見つめるとペンギンと僕。。。ペンギンは微動だにしない。 とりあえず起きて朝食をとることにした。 とん。ベッドから下りる。 ぺた。ベッドから下りる。 僕はじっとペンギンを見つめる。 やっぱりペンギンって歩く時にぺたって音がするんだ。 部屋を出て、廊下を進み、階段を下りる。 がちゃ、ぺたぺたぺた、ぺたぱたぺたぱたぺたぱた。 僕はまたじっとペンギンを見つめる。 そっか階段を下りる時には、手…じゃない、 羽も動かすからぱたって音がするんだ。 台所では母さんが鯵を焼こうとしていた。 「あ、ちょっと待って。」 僕は母さんから鯵をもらってペンギンの方に差し出してみた。 「はい。」 ペンギンは頭をくっと前に動かしたかと思うと、 一瞬のうちに鯵をつかまえてぱくぱくと食べてしまった。 ごはんを食べた後、何の約束もない休日の午前がやって来た。 麦茶を飲んでふと横を見ると、 テレビの前にこっちを向いて立っているペンギン。 まぁ、ペンギンはテレビを観たりしないか。 「散歩行ってくる。」 僕はサンダルを履いて外へ出た。 まず向かったのは庭の物置。 少し錆びついた戸を横へ引いて青色のぞうさんじょうろを取り出した。 小学校低学年以来使っていなかったからちょっと埃をかぶっている。 庭のホースでじょうろを洗う。 ペンギンがじっとこちらを見ている。 「あぁ。」 僕はホースの先をペンギンに向けてやった。 ぱちゃぱちゃ、ぴちゃぴちゃ、っぱちゃ。 ペンギンは気持ちよさそうにしている。 じょうろに水を入れ、散歩に出た。 門を開けて、ぺんぎんが出るのを待って、門を閉める。 家と道路のちょっとした段差をペンギンが下りるのを見るのは面白い。 アスファルトの敷かれた道路を歩いていく。 ペタペタペタ、ぺたぺたぺた。ペタペタペタ、ぺたぺたぺた。 僕がサンダルで歩く音とぺんぎんが足で歩く音とはやっぱり違う。 少し汗ばんできた頃、公園が見えた。 朝から走っているのだろう、ランニングしている男の人や、 黄色い声をあげて追いかけっこでもしているのだろう、子供たちがいた。 僕はその横を抜けてまっすぐ噴水へと向かった。 陽を受けて白く輝く水柱がまぶしい。 ここへ来る途中、ペンギンに時々水をかけてやったので、 ぞうさんじょうろはもう空っぽだった。 噴水の縁から手を伸ばし、じょうろに水を汲む。 そして、ペンギンにかけてやる。しゃわーっ。 もういっぱい。しゃわーっ。もういっぱい。しゃわーっ。 ちょっと手を止めて額の汗を腕でぬぐう。そこで気が付いた。 僕はTシャツを脱ぎ、サンダルを揃えて置き、 ペンギンを抱えて噴水の中へ入っていった。 水の染み込んできたジーンズがぴたっと足にへばり付く。 ペンギンを水の中で放してやると、 最初はなにやら羽でぱちゃぱちゃやっていたが、 すぐに水に潜ってすーっと泳ぎ始めた。 それは、きれいだった。 とても気持ち良さそうだった。 外はじとじと暑い。 ペンギンの周りだけ何か違った世界に見えた。 足だけが涼しい。 太陽を見上げると顔がじりじり灼けるようだった。 突然足に何かがぶつかってきた。ペンギンだ。 僕はバランスを崩して水の中へ倒れこんだ。 と、泳ぎだした。すーっと、ペンギンのように。 目の前にはグリーンとブルーとを合わせたような 爽やかな色が広がっている。 手を横へやったまま、体をぐんと前に向けるようにする。 すると、どんどん前へ進んでいくのだ。 そうか、ペンギンはこうやって泳いでいたんだ。 この泳ぎ方は快感だった。ずっとずっと、前へ前へ。 眼をつぶって泳いでもぶつかることは無い。 どこまでもどこまでも続く海。 だから眼をつぶって泳いでも大丈夫。ずっとずっと、前へ前へ。 ずっとずっと…。あれ?海?水。噴水。プール?浮き輪?ペンギン? ?…?……?…………ある朝、目覚めると、僕の目の前に ペンギンの顔があったんだ。そんな夏休み。 |